東京閑〜とん☆ちん☆かん〜日記

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メンタルについての近況、あれやこれや。

メンタル通いをやめて数カ月が経つ。
仕事や家づくりのことで忙しくなってしまったとか
薬の副作用を心配したオットに強く反対された、というのもあるのだが、
なにより私自身が、リスクを上回る効果を実感できなかったのだ。
効いているうちは調子がいいと感じるときもあるが、
薬が切れた時の落差が辛かった。

なんというか、自分の「足りなさ」がかえって強調されてしまうような無力感、
薬で上げ底してるだけで本当は違うんだ、という負い目から
とうとう逃れられなかった。
つまるところ、「できない」ほうが本物の自分で。
それを許し、受け入れることができないうちは
薬を飲んでも効果は一時的なものに過ぎないような気がしたのだ。

主治医に相談もせず、自分でそんなこと勝手に決めてはいけないのかもしれないけど。
主治医の先生は話しやすかったし、人間的にも好きだった。
でも澱のように溜まっていく後ろめたさ、重苦しさをうまく説明できなかったのだ。
感じていることを訴えても薬が増えたり、種類が変わったりするだけで。
「このお薬を飲んでいけば、だんだんそういうことも感じなくなりますよ」と
ニコニコといわれれば、それ以上何も言えなくなってしまう。
薬を飲むことに抵抗を感じること自体、なにか悪いことをしているような気さえした。
先生の治療方針に協力的でない自分、良い結果をもって応えられない自分…みたいな。
この期に及んでも優等生でいようとする自分が、つくづくうらめしい。

私の母は精神科病棟で働いたこともある元看護婦で、
特にメンタルの服薬については過激なまでに批判的だ。
私が服薬を後ろめたく思うのは、そんな母の影響も少なからずあるのだろう。
なんであれ薬を飲む時は、なんとなくコソコソしてしまうのだが
母のように忌み嫌っているわけでもない。
実際に効果がある人もいるだろうし、それで助かる人もいるだろう。
わたしが抵抗を感じているのは、薬自体やその副作用ではなく、
あくまでも「薬を飲んでいる=上げ底の自分」や
「周囲を欺いている後ろめたさ、ばれた時の恐怖」なのであり、
それらが薬の効果を相殺してしまった、ということなんだと思う。

問題なのは、本来状況を改善しようという自らの前向きな努力であるはずの
治療行為=服薬を「上げ底」とか「ドーピング」とかマイナスイメージでしか
とらえられない、ということであって。まずはこうした認知の歪みや偏りを
矯正しないと、なにをやっても今までの繰り返しになってしまうのではないか。

そんなふうに思いいたって、最近は「認知療法」について調べてみたりしている。

端的に言ってしまえば、「全ての出来事は自分の捉え方次第で良くも悪くなる」という
ことのようで。いまをツライい思うのは、結局は自分のせいなのだな…と
思ってしまうと、またしても自責の小部屋にこもってしまいそうになる。
アタマではわかっているつもりでも、「無意識」を訓練するのはなかなか難しい。

あとは、どうせお金をかけるなら、体を鍛えたり、エステに通ったり、習い事でも
するほうが、自信回復のためにはより効果的なのかもしれない、とも思ったり。

正解なんてないんだ。自分にあった方法を見つけて、気長にやるさ。と
自分に言い聞かせている。
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by majalis_k | 2005-05-29 02:55

いよいよ最初のプレゼンテーション

建築家(やっぱりそう呼ぶことにした)のT氏の事務所で
最初のプレゼンテーションをうける。

実際に見積もりを取ってもらった案のほかに、
おびただしい数の紙面上でのスタディ、十数個に及ぶ立体模型など、
そこに至る道筋まで見せてもらい、いたく感動する。
それでも、うちの場合は土地が小さいので、敷地内での配置、形状の
バリエーションは作りようがなかったと、少し申し訳なさそうな声でT氏は言う。
この時点ではまだ成約するかどうかもわからないというのに、すごいなあ。
ピピッとひらめいてスパスパ斬っていく天才肌の人もいるだろうけど、
こうして愚直にスタディを積み重ねていくタイプの人の方が、
自分達にちかいような気がしてなんだか安心する。

提案してくれたプランは、とても面白いものだった。
事前に「ライフスタイルシート」という、自分達の現在の生活、持ち物、
新しい家に対する希望など、10ページ以上にわたり
かなり細かく書き込んだものを提出させられた。結構いちいち細かい要望まで
書いてしまったので、混乱させてしまうのではないかと心配したのだが
本当の意味で「いい加減」にそぎ落としてくれていた。
これまでのように、これほど多くをあきらめなければならないのか、という失望もなく
ちょっと変わった形状、というオドロキも用意されていて、ワクワクした。
奇抜ではないが個性的な家にしたい、という私たちの希望に沿うものだったので、
この先もT氏と家づくりを進めていくことに決めた。

ただ、せっかく日当たりのよい土地にこだわって探したのに
開口部が少ない、洗濯物や布団を干すところがない、など若干の不満もあり、
次回の打ち合わせまでに、現在のプランに対するこちらの要望を
まとめておくことになった。確かに、デザイン的にはむやみに窓や出っ張りを
つけない方が、キュービックな外観にマッチすると思う。
なにヌカミソ臭いこと言ってるんだろうな、自分…とすこし恥ずかしくなったが
乾燥機とかどうも好きになれないし、せっかくお日さまに恵まれているのに
それを使わず電気エネルギーを消耗して…というのはやはり納得がいかない。
晴れた日に、存分に陽の光を吸った洗濯物や布団に包まれる至福。
実家を出て一人暮らしをはじめて以来、もう何年もの間、味わっていないのだった。
ネコたちにもこころゆくまでひなたぼっこをさせてやりたいし。
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by majalis_k | 2005-05-27 18:15 | 引っ越すまでのこと。

書けない。

書くことはある。書きたいこともある。
だけどね。

つまんないんだよお〜(T △T)話が。

独身の頃。
結婚したら、外で、ダンナのいないところで、
ダンナの悪口をいうようなオバサンには絶対になりたくない、と
固く心に決めていた。かっこ悪いしくだらない。レベル低い、と。

だけど今。

誰かに会ったら、言ってしまいそうだ。
だから誰にも会えない。他の話題はないのか?といわれると
恐ろしいことに、いまはない。そのことで頭がいっぱいだからだ。
新しいことが入ってこないくらいに。私の中でパンパンにふくれあがっている。

これはいったい。誰かに言うことなしに、アウトプットなしに、
どう処理すればいいのか?他のみんなはどうしているんだ?

思うにこれは、本人に言うしかないだろうと。
しかし溜まりにたまったこの状態で 一気にぶつけてしまっては
決定的なことになりかねない。 ま、それでもいいかと思ってしまうこと自体
すでに冷静さを欠いているし。 あわてて「自己表現」とか「プレゼンの仕方」とか
ググッてる自分も滑稽でうすら哀しい。

なにしろ自営で一緒に仕事をしているのだから、
公も私も すべてにオットが絡んでいる。彼を避けて日常を語れないくらい。
だけど、オットがいる前で友人知人と話をすると、後でかならず
「よけいなことを言った」「あんなこと言うな」とツッコミが入るのだ。
何を言えば許されて、何ならダメなのか、基準がさっぱりつかめないので、
私は次第にしゃべらなくなり、そのうち考えることすらやめてしまったような気がする。
ときどき仕事上で自分から話す必要に迫られても、急にはなにも考えつかなくて
脳が退化してしまったのではないかと本気で怖くなることがある。

もともと私はおしゃべりではないと思うが、自身のことについて聞かれれば
何でもあっさりこたえてしまう。隠すほどのこともないと思ってるし、
なにより相手が聞きたがっているのだから、こたえない方が面倒くさいし。
そうして生きてきて、今までとりたてて不都合もなかったし。
オットの中で、なにがいけないとされているのか、いまだにぜんぜんわからない。

ひとりで友達に会いに行けばいいじゃない、と自分でも思うけど。
今の自分がすご〜くつまらないことしか言えないんじゃないかと思うと、
なんだか勇気が出ない。 どんなかっこ悪いところだってみせられる、
許し合える、っていう友達を作ってこなかったことが、いまになって悔やまれる。

書けない、と言いつつ、結構書いてしまったな。
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by majalis_k | 2005-05-17 01:00

愚痴です… ※毒ですんでスルーキボンヌ

わたしは絶対に間違っていない。 とまではいえないが。
わたしの言い分に賛同してくれる人はかなりの割合で少なからずいるはずだ。 と
それなりに確信できる、ので。 そんなに凹んではいない。のだが。

2人での話し合いって、たったひとり(しかもかなり偏った思考の持ち主)が
賛成してくれないだけで過半数割れ。否決。却下。「ハイ消えたぁー」。
意見が合わないだけならまだしも、自尊心なんかぺしゃんこになるような
罵詈雑言、人格否定のおまけつき。ってもこっちもやり返すけど(w
でも、やってるそばから自分がもっと嫌いになっていくよ。もうやめたい。

自分の意志と体力のみで日常を動かせた日々がなつかしい。
いまはまるで世界の半分が欠け落ちたよう。なんだかなー 
むなしい。むなしすぎるぞ〜。
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by majalis_k | 2005-05-03 06:05